作例墨場必携

日本篇1(俳句・短歌・散文)


父母のしきりに恋し雉子の聲 芭蕉
(半切)
元禄元年四十五歳
雉は子を思うこと切なる鳥といわれている。
霊場高野でその声を聞くと、
ひとしお深く亡き父母が偲ばれる。

一燈の青幾更ぞ瓶の梅 夏目漱石
(半切)
いっとうのあおいくこうぞびんのうめ
「幾更ぞ」は、何時ころだろうか。
「更」は日没から日の出までを五等分して示す時刻。
大正5年ころ使っていた手帳に記された句。
全集(昭10)が「春頃」として収める。

群青の入江の潮に菜の花の
山はいちめんの夕陽の反射 太田水穂
(半切)
 「群青」 あざやかな青い色。

昼ながら幽かに光る蛍一つ
孟宗の薮を出でて消えたり 北原白秋
(半切)

花ひとつ片枝に留むる玉蘭の
我が視野にして煙霞はてなし 北原白秋
(半切)

縁先の玉巻く芭蕉玉解けて五尺の緑手水鉢掩(おほ)ふ
      竹の里歌  正岡子規
(半切)

竹堂先生のかな書は他のかな書家の古典的書風とは違って、
独特の浪漫的な素晴らしさで異彩を放って居ました。
古堂先生書話中の一節より
(半切扁額)

夕影は流るる藻にも濃かりけり 高濱虚子

(半切)
高浜虚子(たかはまきょし)は、
明治時代から昭和時代にかけての俳人・小説家
 正岡子規の弟子で、正岡子規が友人とともに創刊した
俳句雑誌「ホトトギス」の発行を引き継ぎ、
高浜虚子の俳句作品と俳句観が多くの俳人の支持を受け、
「ホトトギス」は俳壇の最有力誌として隆盛した。

楽天は五臓の神を破り、老杜は痩せたり。
賢愚文質の等しからざるも、
いづれか幻の栖( すみか)ならずやと、
おもひ捨ててふしぬ。
先たのむ椎の木も有夏木立  芭蕉
(半切1/2)
. 『猿蓑』(幻住庵の記)。
元禄3年(1690 年)4月6日から7月23日まで
芭蕉は国分山の幻住庵に滞在した。47歳の時である。

とりなくこゑす ゆめさませ みよあけわたる ひんかしを
そらいろはえて おきつへに ほふねむれゐぬ もやのうち
(半切)
鳥啼歌(とりなくうた)。明治36年(1903年)に万朝報
という新聞に新しいいろは歌(国音の歌)が募集され、
一等に選ばれた坂本百次郎の歌。
鳥啼く声す 夢覚ませ 見よ明け渡る 東を
空色栄えて 沖つ辺に 帆船群れゐぬ 靄の中

高はらの空の廣きに聲とほりひたすらにしも
鳴くや郭公 窪田空穂の歌
(半切)

落ちざまに水こぼしけり花椿 松尾芭蕉
(半切)

お子良子の 一もとゆかし 梅の花  松尾芭蕉
(半切)
梅を探り求めるに一つもみつからず、
ようやく御子良子の館にのみ一もと
咲いている梅の花であればこそ、
なおさら心引かれるものであるよ、この梅の花は。
子良の館=物忌(ものいみ)の子等の館。
伊勢神宮の巫女や神楽に奉仕する少女等の住む館の事

比はきさらぎ 十日餘りの事なれば 
梅津の里の春風に餘所の匂ひもなつかしく
大井川の月影も霞にこめて朧也。 平家物語
(半切)
頃は二月十日余りのことで、梅津の里の春風に
漂う梅の香りも心地よく、大堰川の月影も
霞にこめられ朧であった。

芝柏亭にて
秋深し 隣は何をする人ぞ  松尾芭蕉
(半切)
秋が深くなり、床に伏せって静かにしていると
自然と隣の人の生活の音が聞こえ、
何をしているのだろうかなどと想像してしまう。
芭蕉が元禄7年(1694年)の9月28日、
大阪に滞在したとき、弟子の芝柏が主催した
俳句会へ病気の為欠席することとなったため、
発句(最初に出す俳句)として遣わしたもの。

香具山と耳梨山と会ひし時 立ちて見に来し 

印南國原  万葉集 中大兄皇子
(半切)
香具山と耳梨山が争ったとき、

それを止めようと阿菩(あぼ)の大神が
印南国原(いなみくにはら。

現在の兵庫県加古川市・明石市一帯)まで来たとのこと。

独り住むほどおもしろきはなし 長嘯隠士の曰く、「客は半日の閑
を得れば、主(あるじ)は半日の閑を失ふ」と。素堂この言葉を憐む。
  うき我をさびしがらせよ閑古鳥  芭蕉(嵯峨日記)
(半切1/2)
元禄4年、嵯峨にある向井去来の落柿舎に滞在した際の日記。

息をもつかせず、瞬く間もなく、海神が手もて さゝ(驚)ぐるまゝに、
水を出づる紅点は金線となり、黄金の櫛となり、金蹄となり、
一揺し て名残なく水を離れつ。   「自然と人生」 徳冨蘆花
(半切1/2扁額)
徳富蘆花1900年(明治33)刊。短編小説・評伝・随筆・散文詩を収録。万物に神を見る
汎神論(はんしんろん)的自然観がうかがえる。自然詩人としての名声が高まった作品。

伊賀山中
初時雨 猿も小蓑を ほしけなり  松尾芭蕉
(半切)
元禄2年(1689年)9月下旬、芭蕉46歳の作。
「卯辰集」には「伊賀へ帰る山中にて」と前書きがある。

初蛙 そこかと思ふ聲ありて しづけきかもよ 春の光は  吉植庄亮
(半切)

さまざまの事 思ひ出す 桜かな  松尾芭蕉
(半切)
伊賀上野に滞在中の作。

世を恋うて 人を恐るる 餘寒かな  村上鬼城
(半切)
余寒(よかん)は春の季語。残寒、残る寒さ。
余寒という季語で人間関係のあやを示す。 
世の中からは疎んじられることなく生きたい、
しかし人間関係が煩わしい。

大いなるもののちからに引かれゆく 我が足跡のおぼつかなしや 九条武子
(半切)

生きも死にも天のまにまにと平けく 思いたりしは常の時なりし 長塚節
(半切)

ほのぼのと山桜戸のありあけに 雉子なく声す尾より峰より  金子薫園
(半切)
山桜戸は、山桜の咲いている所。桜の多くある山家。ありあけは、あかつき。